(参考資料)『琉球新報』記事「遺骨返還訴訟 高裁判決を読み解く」
2023年 11月 24日
京都大学宛の要請書の参考資料を掲載します。
「我々の所謂清野蒐集人骨中には南方の材料が不足だった、割合手軽に大量的な蒐集を行ふのには沖縄の古墳を探るのが最も手取り早い。」
これは、1933年12月の短期間に、奄美大島から約80体、沖縄本島から約70体の遺骨を京都帝国大学に持ち去った三宅宗悦が、当時の大学新聞に書いたことばである。
「清野」とは、当時、京都帝大の医学部で人類学教室を率いていた清野謙次教授のことで、三宅は当時その下の講師だった。
清野研究室は、日本人、アイヌ民族、琉球民族のルーツに関する「日本石器時代人」仮説を提起していた。その清野学説を立証したいが、そのための「南方」の骨がない。そこで「手軽」に「大量」の収集ができると見込んだ琉球・奄美の墓から持ち去ることにした。実際、奄美大島では1週間、沖縄本島では4日間で、これだけの遺骨を集めた。「手取り早い」との表現どおりである。
この「手軽」さにこそ問題の本質がある。清野研究室は、本州などでは決してこのような「手取り早い」収集をしていない。なぜなら、墓を発掘したり他人の遺骨を自分のものにしたりすることは、当時の刑法でも犯罪だったからである。本州などでは、古代の貝塚を発掘することはあっても、誰の目にも墳墓である場合は、いかに古いものであっても、偶然発見されるのを待つしかないという消極的態度に終始していた。
私は、裁判所に提出した鑑定意見書で、こうした墓や遺骨に対する相矛盾する態度を、「植民地主義的ダブルスタンダード」と呼んだ。清野研究室は、琉球、奄美、北海道などの地域を「特殊地域」と区分していた。「特殊地域」の墳墓では、かれらの消極的態度は消え失せた。「特殊地域」では、法や倫理、文化などによる縛りを感じることなく、「手軽」に奪えた。その遺骨が古いものかどうかの検証も後回しにした。これはまさに植民地主義的な態度である。
遺骨は、研究室に持ち帰って、時間をかけて計測し、統計分析することになっていた。高度な統計分析をするためには、サンプルが多いほど、また偏りなくあちこちから取得するほどよい。科学的に言えばそうなのだが、本州などではそんなことはできなかった。三宅らは「特殊地域」においてこそ、「純粋」な科学的好奇心を発揮しえたのである。これは七三一部隊の人体実験などにも通ずる問題である。
ところが1938年、清野謙次は寺宝の窃盗罪で逮捕され、大学を辞職した。これを期に京都帝大医学部の人類学拠点は1度崩壊し、遺骨は放置された。
1960年代に、理学部に人類学教室が新たにできるが、それを機に、遺骨は医学部から移管された。しかし、それも1990年代には研究する者がほぼいなくなった。だからこそ2000年代に総合博物館ができたとき、琉球民族のものを含む多くの遺骨は、その収蔵庫に移された。つまり、琉球民族の遺骨は、京大で2度に渡って放棄されたのである。
にもかかわらず、日本人類学会は、今回の裁判がはじまるや、京大に対し、その遺骨に「学術的価値」があるから、返還に応じるべきではなく、今後も「研究資料」として管理してほしいとの要望書を提出した。2度も放棄しておいて、である。
今回の高裁判決は、この学会からの要望書に「重きを置くことが相当とは思われない」として一蹴した点が注目される。地裁判決は、遺骨の「学術資料的・文化財的価値」を重視し、祭祀や信仰の対象としての価値と並ぶものとして位置づけたという点で、限界を抱えていた。それに対して高裁判決は、法的に返還を命ずることまではしなかったものの、世界の先住民族遺骨返還の潮流を念頭に、「遺骨は、ふるさとで静かに眠る権利がある」と明言した。つまり研究材料とさせられた「人骨」を、再び「遺骨」として扱い、元の地に戻すことを、裁判官の信念として語ったのである。
高裁判決は、京都帝大の人類学者らが「問題意識」をもちえなかったことも批判した。すなわち、「手軽」に遺骨を持っていけるような学者の植民地主義的な認識に疑問を呈したのである。それは同時に、現代の学者や大学組織がいまだに「問題意識」をもちえていないことへの批判であるとも捉えるべきである。
実際、日本人類学会の現会長(京大教授)は、テレビの取材に対し、「人骨」研究の目的を「人間の知的好奇心を満たすため」だと明言した(「骨は誰のものか」MBS・映像22)。高裁判決は、ふるさとで静かに眠るべき骨を「好奇心」のために保持しつづける大学の姿勢を非難したものと言える。
近代日本の植民地主義は、数多くの禍根を各地に残した。そのほとんどのものは、残念ながら、もはや取り返しがつかない。しかし、遺骨問題は、そうした植民地主義がもたらした諸問題のなかでも、原状回復に近いことが可能だという希有な事例である。学問の遅ればせの脱植民地化のためにも、京都大学は自ら率先して真相究明をおこない、真摯な謝罪とともに原状回復に尽力し、他の研究機関に対して範を示すべきである。
(同志社大学教授)
by honetori
| 2023-11-24 00:24
| 要望書
